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岐阜地方裁判所大垣支部 昭和39年(ワ)7号 判決

原告(反訴被告) 東亜石油株式会社

被告(反訴原告) 株式会社原商店 被告 豊田とも子 外一名

主文

原告の請求はこれを棄却する。

反訴被告は反訴原告に対し別紙第一目録〈省略〉記載の物件について、昭和三五年一月二五日岐阜地方法務局大垣支局受付第五二八号を以つて経由した根抵当権、同第五二九号を以つて経由した賃借権の各設定登記及び同第五三〇号を以つて経由した代物弁済予約による所有権移転請求権保全の仮登記の各抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は全部原告(反訴被告)の負担とする。

事実

(原告請求の趣旨)

原告に対し

(一)  被告株式会社原商店は、別紙第一物件目録(一)乃至(三)記載の土地につき、岐阜地方法務局大垣支局昭和参拾七年拾壱月弐拾日受付第壱〇七弐参号をもつてなされた同年同月拾九日付売買による所有権移転登記の各抹消登記手続をせよ。

(二)  被告豊田とも子は、別紙第一物件目録(一)乃至(三)記載の土地につき、岐阜地方法務局大垣支局昭和参拾五年壱月弐拾五日受付第五参〇号をもつてなした所有権移転請求権保全の仮登記の各本登記手続をせよ。

(三)  被告豊田とも子は、別紙第一物件目録(一)乃至(三)記載の土地に建設された同第二物件目録〈省略〉記載の建物を収去して右土地を明渡し、且つ本訴状送達の日から右明渡済に至るまで一ケ月金五、〇〇〇円の割合による損害金を支払え。

(四)  被告大垣石油株式会社は、別紙第二物件目録記載の建物から退去して同第一物件目録(一)乃至(三)記載の土地を明渡し、且つ本訴状送達の日から右明渡済に至るまで一ケ月金五、〇〇〇円の割合による損害金を支払え。

との判決並に右(三)及び(四)につき仮執行の宣言を求める。

(原告の本案請求に対する事実上の主張)

一、原告は昭和二九年一一月一日、被告大垣石油株式会社(以下被告大垣石油と称す)との間で、大要左記のとおりの石油類売買契約を締結した。

(一)  原告は、被告大垣石油に対し、石油類を原告の定める一定の限度内で販売すること。

(二)  被告大垣石油は、右代金の支払方法として、右(一)記載の限度内の部分に対しては、毎月末日締切となし、その翌月五日に前月末起算四五日先の約束手形を振出交付して決済し、右(一)記載の限度外の部分については現金をもつて決済すること。

二、而して、被告豊田とも子(以下被告豊田と称す)は、昭和三四年一二月二八日原告に対し、第一項記載の契約に基き、被告大垣石油が原告に対して負担する現在及び将来の一切の債務を担保するため、その所有にかかる別紙第一物件目録(一)乃至(三)記載の土地につき、元本限度額金壱百五拾万円の根抵当権設定契約並びに被告大垣石油が前記債務不履行のときは、右金壱百五拾万円の限度で代物弁済として右土地の所有権を原告に移転する旨の予約(代物弁済の予約)を為し、右土地につき同三五年一月二五日岐阜地方法務局大垣支局受付第五弐八号をもつて根抵当権設定登記手続を、前同日同支局受付第五参〇号をもつて所有権移転請求権保全の仮登記手続を各経由した。

三、しかるに、被告豊田は、昭和三七年一一月一九日被告株式会社原商店(以下被告原商店と称す)に対し、別紙第一物件目録(一)乃至(三)記載の土地を売却し、同月弐拾日右売買に基く所有権移転登記手続をした。

四、而して、原告は被告大垣石油に対し、第一項記載の契約に基き継続して石油類の販売を為したるところ、被告大垣石油は、昭和三八年七月三一日現在において、金壱千七百八拾万円の売掛残債務を負担するに至つたので、被告大垣石油は昭和三八年八月二七日原告に対し、金額壱千七百八拾万円、支払期日同年一一月八日なる約束手形一通を振出交付したが、該手形は不渡となり被告大垣石油はその支払をなさない。

五、そこで原告は、昭和三八年一一月一五日被告等に対し、書留内容証明郵便で第一項記載の契約を解除し、第二項記載の代物弁済の予約を完結する旨の意思表示を発し、該書面は何れも被告等に同月一六日に到達したので、原告は同日別紙第一物件目録(一)乃至(三)記載の土地の所有権を取得したものである。

六、しかるに、被告豊田は、明かに対抗し得る権限がないのに、昭和三八年一〇月一九日頃から別紙第一物件目録(一)乃至(三)記載の土地上に同第二物件目録記載の建物を建築所有して右土地を不法に占有し、被告大垣石油は原告に対抗し得る権限が無いのに、同日頃から右建物を倉庫として使用し、右土地を不法に占有している。而して、本件土地の一ケ月の賃料は金五、〇〇〇円が相当である。

七、よつて原告は、被告等に対し、本件土地所有権及び右所有権移転請求権保全の仮登記に基き本訴に及ぶ、と陳述し、

被告等の答弁中、公序良俗違反の点、債務消滅の点は何れも否認する。被告主張のような登記が存していたことは認めるが、該登記は昭和三七年一一月二一日受付で抹消登記済である(甲第三号証の一乃至三)。又被告原商店と被告大垣石油間の取引について、本件物件につき主張のような根抵当権が設定せられ、且つ主張の如く被告原商店において売買による所有権取得の登記経由の事実、被告大垣石油は昭和三八年三月三一日現在において原告に対し金一千七百八十万円の債務を負担していたとの事実は何れも認めるが本件石油類販売契約を解除したのは昭和三八年一一月一六日であり、同日右債務が確定債務となつたものである。

被告原商店が被告大垣石油の原告に対して負担する先順位の抵当債務を弁済するにつき正当の利益を有するとの点は争う、(被告原商店の後順位抵当権はすでに昭和三七年一一月二一日に消滅しその登記も抹消ずみである。)

被告原商店が昭和三八年九月二三日東京法務局に対し、昭和三八年度金第八三六一〇号を以つて被供託者原告として金弐百参拾七万六千円を供託したことは認める(但し右供託は被告の主張するように代位弁済のため供託したものでなく、第三者の弁済のため供託したものである。)が、その効力は争う、即ち第一に供託によつて免責を受けるための前提要件である弁済の提供がなされていない、仮りに右主張が認められないとしても第二に本件の場合元本債権の外最後の二年分の損害金に相当する金員を弁済のために供託したのみでは、原告の被担保債権は消滅しないと解すべきである。

この点につき、被告は民法第三七四条を根拠として、原告の被担保債権は消滅したものと主張するものと思料されるが同条の趣旨は、抵当権者が元本債権の外利息損害金の債権を有する場合は、時の経過に従い漸次その額を増大する利息、損害金について、無制限に元本債権と同一優先順位において抵当不動産の競落代金よりその満足を受け得るとすれば、その額の増大すればする程後順位担保権者が担保不動産の競落代金から弁済を受くべき金額は減滅し、後順位担保権者の担保範囲を不安ならしめ、延いては競落代金をもつて担保権者その他の優先権者に配当交付した残余から配当を受け得べき一般債権者にも不満の損害を被らしめないこともないので、元本債権と同一優先順位において、抵当権者の行使し得る利息損害金の範囲を、両者を合算し、満期となつた最後の二年分に制限し、もつて後順位担保権者、右の抵当権に劣後する優先権者その他一般債権者の弁済を受くべき権利を保護しようとするものであつて、もとより、抵当権設定者や抵当権の被担保債権金額全額の負担を伴うものとして抵当不動産を取得し、いわば抵当権設定者の地位を承継する第三取得者の抵当権者に対する関係において、抵当債権の範囲を制限するものではない、従つて、第三取得者である被告原商店(この点は被告自身も認めている)は、民法第三七七条第三七八条の代価弁済、滌除の規定による場合の外は、金壱千七百八十万円全部を弁済又は弁済のための供託をしないかぎり、原告の本件抵当権が消滅したことを主張し得ないものと信ずる、(この点につき、福岡高裁昭和三八年(ヲ)第一二一号事件同年八月一六日決定、金融法務事情昭和三八年九月二五日号、大判昭和八年(オ)第三一三九号、昭和一二年三月一七日、なお大判大正四年九月一五日民録一四六九頁、同大正九年六月二九日民録九四九頁、同昭和九年一〇月一〇日新聞三七七一号七頁御参照)と附陳し、

反訴につき、反訴請求棄却の判決を求めた。

原告(反訴被告)の立証〈省略〉

被告等の答弁

(一)  請求趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

(二)  請求原因に対する答弁

原告の請求原因事実中、原告が昭和三八年一一月一五日原告主張の土地の所有権を主張の如く代物弁済予約の完結により取得したとの点、被告豊田並に被告大垣石油が主張の如く本件土地若しくは建物を不法に占有し原告に損害を蒙らしているとの点を否認し、その余は認める。

被告等の主張

(一)  公序良俗違反の主張

本物件は、岐垣国道二一号線に面する間口約一五間、奥行約一四間のガソリンスタンド、その他の営業用好適地であり、時価千万円(契約時約五〇〇万円)を下らない価値を有するものである。かかる物件について僅か一五〇万円の債務の代物弁済に供するというが如き予約を為すが如きは、当初からその契約内容が明示されていたとすれば被告豊田としては到底これを承認しなかつたにかかわらず、原告は被告等の無知乃至盲目的な信頼を利用し本旨に反した契約を締結せしめたもので、かかる暴利行為は公序良俗に反する無効といわねばならぬ。

(二)  債務の消滅

仮りに前記の主張が認められないとしても、原告主張の代物弁済契約にいう被告大垣石油の原告に対する債務金一五〇万円は、昭和三八年九月二三日被告原商店の弁済供託によつてすでに消滅したものであるから最早その後である昭和三八年一一月一五日に原告のなした代物弁済予約完結の意思表示は何等の効力を有するものではない。

即ち被告原商店は、昭和三四年一月一日付石油類売買契約に基き被告大垣石油との間に継続的取引を行つていたが、昭和三五年二月一九日右取引契約上の債権を担保するため本物件について債権極度額五〇〇万円としてその後更に極度額二五〇万円とする共同根抵当権の設定を受け、各その登記(夫々岐阜地方法務局大垣支局受付同日第一一八一号及同第四九四六号)を経ていた。

その後昭和三七年一一月二〇日被告原商店は売買により本物件を取得し、その登記(同法務局同日受付第一〇七二三号)を経た。一方原告はすでにその以前に同じく被告大垣石油との間の昭和二九年一一月一日付石油類売買契約に基く債権を担保するため、同三五年一月二五日原告主張の如き先順位の共同根抵当権等の設定登記を経ていたが、当時被告原商店の調査によれば、右取引は昭和三六年七月三一日終了し、同三八年三月三一日現在に於て債務者大垣石油は原告に対し金一千余万円の確定債務を負担しているとのことであつた。

被告原商店は、前記の如く本物件について後順位抵当権者でありその後所有権を取得したものであるから大垣石油の原告に対し負担する先順位抵当権債務を弁済するにつき正当の利益を有するものである。よつて被告原商店は昭和三八年五月三〇日原告に対し金一五〇万円を弁済のため提供したがその受領を拒まれたので、同年九月二三日東京法務局に対し、昭和三八年度金八三六一〇号を以つて代位弁済の為め之を供託したものである。尚右抵当債務については期間後元金一〇〇円について日歩八銭の遅延損害金を附する旨の特約が登記されてあるが、右供託に際し被告原商店は同遅延損害金が何年何月より発生しているか不明であつたので、とりあえず最後の二年分に相当する昭和三六年九月二四日より同三八年九月二三日迄について算出した金八七六、〇〇〇円を元本一五〇万円に附加して供託した。

以上の如き次第であるから、原告主張の代物弁済契約にいう被告大垣石油の原告に対する債務はすでに右同日消滅したのであるから、最早その後である昭和三八年一一月一五日に原告の為した代物弁済予約完結の意思表示は何等の効力を有するものではない。なお原告は、被告原商店は、被告大垣石油株式会社が原告に対し負担する債務を弁済するについて正当の利益を有しないと主張するが、被告原商店は本物件について嘗つて後順位抵当権者であつたが、その後所有権を取得したものであることは前述のとおりでかかる不動産の第三取得者が民法第五〇〇条にいう「弁済をなすにつき正当の利益を有する者」であることは、同法条に引継ぎ代位弁済の効果を規定するに当り、同第五〇一条に於て第三取得者の場合についても言及していることからみても疑いのないところであり、今日之を否定する如何なる見解も存しない。現に原告が自ら主張引用する諸判例もこれを前提とするものである。

又仮りに正当の利益を有するとしても供託の前提要件たる弁済提供の事実がない、と主張するが、被告原商店は昭和三七年一一月二〇日本物件取得の直後から原告会社名古屋支店に対し、口頭を以つて再三再四原告の大垣石油に対する売掛代金債務を弁済する旨及びこれと引換えに同登記を抹消され度い旨申入れたが、何等の回答がないのでその趣旨を明かにするため、同三八年一一月六日にいたり書面(乙第一号証の一)を以つて右同旨の申入れをした。更にその後、被告原商店は同年五月三〇日原告会社名古屋支店に対し現金一五〇万円を現実に提供し、同時に乙第一号証の二の書面を提出した。同支店は追つて調査の上回答するとし右書面のみを受領したが、現金についてはその受領を拒否した。

被告原商店はその後数回にわたり原告の回答を求めたが、原告は何等態度を明かにしなかつたので、更に同年八月一九日書面(乙第一号証の三)を以つて催告した。

その後一ケ月余りの間口頭をもつて再三同旨の申入れをしたが、原告において弁済受領しないことが明かと認められたのでやむなく九月二三日之を供託したのである。

元来本弁済に当つては、之と同時に原告の有する既登記根抵当権等の抹消登記を受けるものであるから、民法第四九三条但書にいう「債務の履行につき債権者の行為を要するとき」に該当するものであるから、原商店が法律上なすべき弁済提供としては昭和三八年二月六日した弁済準備の通知及び受領の催告をもつて足るものである。

更に、原告の意途するところが金一、七八〇万円の回収にあることその主張自体より明かに推認しうる如く、結局原告が最初から原商店のする弁済についてはこれを受領しないことが明らかであり、従つて口頭の提供すら要しないところである(最判昭二三、一二、一四、民集二、四三八)。

従つて、何れにせよ被告原商店が本件供託をするについての要件は十分具備しているものといわなければならぬ。

供託金額について、

原告は仮りに供託の前提要件を備えたとしても、供託金額が右債権を消滅せしめるに足りないと主張するが、被告原商店が弁済し又は弁済供託すべき金額は何程たるべきかについては、被告が第三取得者である限り被担保債権の全額でなければならないとされるのは当然であるが、右は正に「被担保債権の全額」であつて、原告が主張する如く、本根抵当権の基本たる取引契約上の債権が右契約解除の結果一、七八〇万円と確定したからといつて直に右金額の全額を意味するものではない。

何故ならば本根当権が元来極度額金一五〇万円として登記されてある以上、右確定債権の内金一五〇万円のみがここにいう被担保債権に他ならないからである。元来根抵当権なるものは、民法が制定する抵当権に於けるその被担保債権との厳重な附従関係を緩和拡張し、継続的な取引関係から生ずべき一団の不特定な債権を将来の決算期に於て登記された一定の限度額まで担保すべきものとして認められた制度であり、その基本関係終了後に於ては通常の抵当権と何等異るものではない。

本件においては、原告の有する本根抵当権は未だその通常の抵当権への変更登記は経ていないが、法律的には「債権額金一五〇万円の抵当権」としてその効力を有するにすぎないものである。従つて、一、七八〇万円全額を弁済供託すべきであるとする原告の主張は到底之を容認することはできない。尚原告が参考として掲記する諸判例は何等原告主張の如き趣旨を判示したものではない。尚、原告が為した本代物弁済完結の意思表示は、次の点において権利の濫用乃至は信義則に反し許されないものである。

抑も原告が被告豊田とも子との間に締結した本物件についての代物弁済予約契約は、原告自ら主張する如く、元来原告と大垣石油間の石油類売買契約に基き将来生ずべき債権のうち金一五〇万円を担保することを本来の目的としたものである、契約の目的がすでに債権の担保に存する限り、原告は先ず第一に被担保債権の回収を以つて満足すべきであり、代物弁済による物件の取得を第一に企図すべきではないこというまでもない。

ところが一方原商店は、前述の如く昭和三八年一一月以来再三に亘り原告の有する右被担保債権を債務者に代つて支払うべく原告に申出をしているのであるから、原告としても右契約の本旨に基き当然原商店の右申出に対し誠実に対処すべきであるに拘らず、却つてその弁済受領を拒絶し、更に原商店がそのため巳むなく、同年九月二三日弁済供託するや、一一月一五日にいたり突如として本代物弁済予約完結の意思表示をしたものである。之を要するに、原告が代物弁済によつて本物件を取得せんとするの真意はこれによつて法律上正当に担保された債権額の回収にあるのではなく、同物件が現在これをはるかに超える価値を有する事に着眼し不当にも元来担保されざる債権の回収に充てようとするところにあるといわざるを得ない。

かかる完結権の行使は原告において仮りにその権利を有するとしても、信義誠実の原則に違反するものに他ならないと陳述した。

立証〈省略〉

反訴

反訴原告(本訴被告) 株式会者 原商店

反訴被告(本訴原告) 東亜石油株式会社

(一)  反訴請求の趣旨

反訴被告は、反訴原告に対し、後記物件について、昭和三五年一月二五日岐阜地方法務局大垣支局受付第五二八号を以つて経由した根抵当権、同第五二九号を以つて経由した賃借権の各設定登記、及同第五三〇号を以つて経由した代物弁済予約による所有権移転請求権保全の仮登記の各抹消登記をせよ。

反訴費用は反訴被告の負担とする。

物件の表示(以下別紙第一目録記載の物件と同一につきそれ又は本件物件と称す)

岐阜県大垣市長沢町字西ノ川六四番の三

一、宅地 八九坪

右同所 六八番の二

一、宅地 二二坪

右同所 六七番の三

一、宅地 八二坪

(二) 請求の原因

第一、本訴との牽連関係

原告(反訴被告)、被告(反訴原告)間昭和三八年(ワ)第八七号所有権移転登記等請求事件とその攻撃防禦方法において互に牽連(むしろ全く同一)する。

第二、事実関係

一、本物件について、請求の趣旨記載のとおりの各登記がなされている。

二、反訴原告は本訴における答弁の如き関係で本件物件につき反訴被告の後順位根抵当権者であつたが、その後その所有権を取得したものである。

三、反訴原告は本訴において主張の如く登記簿記載の債務者たる大垣石油株式会社の反訴被告に対する債務について、之を昭和三八年九月二三日代位弁済のため供託し、よつて右債務は消滅した。

四、尚右各主張の詳細及びその他の主張については本訴におけるそれをすべて援用する。

立証〈省略〉

理由

(当事者間に争のない事実関係)

一、昭和二九年一一月一日原告(反訴被告-以下単に原告と称す)と被告大垣石油株式会社(以下被告大垣石油と称す)との間に、原告主張の如き石油類売買契約が締結され、被告の昭和三八年七月三一日現在の取引残債務が金千七百八十万円となり、その結果同年八月二七日被告大垣石油は原告に対し右債務を確認し、支払期日同年一一月八日の約束手形一通を振出交付したが期日に右手形は不渡りとなり被告大垣石油はその支払をしていない。

二、被告豊田とも子は昭和三四年一二月二八日原告に対し、前項石油類販売契約に基き被告大垣石油が原告に対し負担する現在及び将来の一切の債務を担保するため、その所有に係る別紙第一物件目録(一)乃至(三)記載の土地(以下本件土地と略称する)につき、元本限度額一五〇万円の根抵当権設定契約並びに被告大垣石油が前記債務不履行のときは右一五〇万円の限度で代物弁済として右土地の所有権を原告に移転する旨の予約(代物弁済の予約)を為し、右土地につき、同三五年一月二五日、根抵当権設定並に所有権移転請求権保全の仮登記を経由した。

三、被告豊田とも子は、昭和三七年一一月一九日、被告株式会社原商店(反訴原告-以下被告原商店と称す)に対し、本件土地を売却し、同月二〇日その旨の登記を経由した。

四、原告は昭和三八年一一月一五日被告等に対し、内容証明郵便をもつて、第一項記載の契約を解除し、第二項記載の代物弁済の予約を完結する旨の意思表示を発し、該書面は各被告に同月一六日それぞれ到達した。

五、被告豊田とも子は、昭和三八年一〇月一九日頃から本件土地上に、別紙第二物件目録記載の建物を建築所有し、被告大垣石油は同日頃から右建物を倉庫として使用している。

六、被告原商店は本件土地の第三取得者として、昭和三八年九月二三日、先順位抵当権者たる原告に対し債権極度額に相当する一五〇万円とこれに対する一〇〇円につき日歩八銭の割合による二ケ年分遅延損害金八七六、〇〇〇円の合計金二、三七六、〇〇〇円を弁済供託した事実。

七、原告の抵当債権に対する利息損害金等の合計額が特に二ケ年分を超えるという主張をするものでないこと。

(争点)

第一、公序良俗違反の主張について、鑑定の結果及び成立に争のない甲第三号証により先順位抵当権の在していた事実の認められることを併せ考えると一五〇万円の債務の代物弁済の対象としたことが公序良俗に反するとは毫も考えられない。

第二、被告原商店の代位弁済の主張について、

(1)  先づ原告は被告原商店は、被告大垣石油の原告に対し負担する先順位の抵当債務を弁済するにつき正当の利益を有するものでない旨主張するので、その点につき按ずるに、成立に争のない甲第三号証の一乃至三によれば、被告原商店は、本件土地に対し、昭和三五年二月一九日極度額五〇〇万円の根抵当権を、同三七年五月二九日同じく極度額二五〇万円の根抵当権を各設定登記し、原告の昭和三五年一月二五日設定登記した極度額一五〇万円の根抵当権に対しいわゆる後順位抵当権者たりしところ、昭和三七年一一月一九日売買による所有権取得により権利混同を原因とする前記根抵当権登記が抹消せられたことが認められる。

果して然らば被告原商店が民法第五〇〇条にいう弁済を為すにつき正当の利益を有する第三取得者であることは多く疑がない。

(2)  又原告は、被告原商店が主張の日に主張の金額を弁済供託したことは争わないが、

(イ) (弁済の提供と弁済額についての双方の主張の相違)

供託によつて免責を受けるための前提要件である弁済の提供がなされていないと主張するが、証人藤田勉、同兼清一彦、同柴田憲吾の各証言並にこれ等証言によつてその成立の認められる乙号各証を綜合すると、被告原商店は前記の如く、昭和三七年一一月一九日本件土地の所有権を取得したので、先づ第一順位の抵当権者である株式会社第三相互銀行に対し、これが抵当権を排除する目的で、同銀行と交渉の結果、債務者大垣石油の債務一五〇万円を昭和三八年三月頃支払つて決済し、第二順位の原告に対しては昭和三七年一一月頃より同様被告大垣石油の債務を弁済するため被告会社の取締役である藤田勉が原告会社名古屋支店に赴き再三交渉の末、昭和三八年五月三〇日根抵当権極度額の一五〇万円を持参して提供に及んだが、原告会社としては被告大垣石油の売掛債務残額全部一、七八〇万円の弁済を要求して受領を拒絶したことが認められる。

右経過によつて明らかなように、原告と被告原商店との間に本件根抵当権抹消に関する交渉が為されたが被告間においては根抵当権極度額を限度とする被担保債権の弁済を主張するに対し、原告側は極度額を超過する取引全債権一、七八〇万円の弁済を要求して交渉は妥結に至らざりし為め止むなく本件供託が為されたことが明かである。(この点原告引用の判例の趣旨とは異るも弁論の全趣旨)

貸越契約等根抵当権の基本契約において極度額以上の貸出もまた当該基本契約を原因とする一連の取引として観察すれば極度額を超えた部分と雖も毫も被担保債権としての性質を失うものとは解されないから、当事者間に於て債務の弁済を為すに当つては勿論その全額について為すべく極度額の範囲内のみ(一部)の弁済によつて被担保債権全部の弁済があつたものということの出来ないことは根抵当の性質上当然といわなければならない。

このことは契約当事者間に於ては当然の事理に属するが本件の如く第三取得者等代位弁済権を有する第三者にも同じく適用されるものか否については問題なしとしない。

(ロ) (債権額の主張の相違と供託のための弁済の提供について)

右の点についての判断は後述することとし、被告原商店は原告と被告大垣石油間の継続的石油類取引は昭和三六年七月三一日終了し同三八年三月三一日現在に於て金一千余万円の確定債務を負担するに至つたため、当事者間の債務は既に特定し、根抵当は普通抵当に転換していたものと主張するに対し、原告は根抵当債権は未確定の間にあり従つて根抵当権を消滅せしめるための弁済としては単に極度額のみを以つては足らず、取引全債務一、七八〇万円の弁済を要すると主張する外更に供託の前提要件たる弁済の提供をも欠くと主張するが、前記各証人の証言や成立に争のない乙第一号証の一乃至三を綜合すると、被告原商店は自己の主張にかかる被担保債権即ち極度の範囲額の弁済については弁済のための準備をし、且つ提供にも及んでいることが十分認められるので、被告の為した供託が根抵当権消滅のための弁済として有効か否は別として、主張の債務弁済の為めの供託としてはその要件を充足しているものといわねばならぬ。

(ハ) (担保債権確定の主張について)

前記述の如く被告原商店は、原告と被告大垣石油間の根抵当権設定石油類売買契約に於ける債権は既に昭和三六年七月三一日取引終了により債務は確定し居りしものと主張するに対し、原告は被告大垣石油が昭和三八年三月三一日現在において原告に対し金一、七八〇万円の債務を負担し居りたる事実は認めるが、本件石油類販売契約を解除したのは昭和三八年一一月一六日であり、同日右債務が確定債務となつたものと主張するのでこの点につき按ずるに、

根抵当の被担保債権が最終的に確定する時期については、法律に規定が無いのであるから根抵当設定の趣旨性質等を綜合判断して決定する外ないものと思料される。

最も明かな場合としては、根抵当権設定契約に期間の定めのある場合に期間の終了したとき、また基本契約が当事者によつて解除せられたときであるが、担保物件が消滅するか、競売等によつて処分せられたときも当然根抵当設定の目的が達成する見込がなきに帰したものといえるから終期到来したといつて差支なく、たゞ当事者が基本契約上の個々の債務の弁済期に弁済を怠つたとき、債権は確定し終期到来と見るべきかについては問題なしとしない。

即ちこの場合債権者は債務者の不履行を理由に根抵当権の実行が可能なのであるから、その時に債権は確定したものといつて不可なき如くであるが、基本契約の未だ存続中は仮令債務不履行の場合と雖も債権者は直ちに不履行を原因として抵当権を実行するとは限らず、そのまゝ与信契約の継続を希望することも屡々見られるところで、この場合必ずしも新たな与信契約が締結せられたものと解することなくそのまま前の契約が継続するものと見るのも現時経済取引の現状に関し不当とはいえない。

然らば基本契約の存続中は、当事者によつて契約の解除、その他終期到来と見るべき前記事実の無い限り債権は確定しないかというに、右の如く債権者に於ては個々の債務の不履行の事実のある限り根抵当権実行は可能なのであるから、それにも拘らず当事者間において基本契約を継続する意思の下に弁済を猶予するなど決算を希望せざる旨の事実が認められれば未だ債権は確定せざるものと解するも敢えて不当とはいえない。

然らば本件の如く当事者間の取引は根抵当の極度額が一五〇万円であるに拘らず、取引残高はその一〇倍を超える一、七八〇万円に上り且つ取引も事実上停止せられ(豊田重豊本人供述)た結果、その決済方法も毎月末日締切り翌月五日に前月未起算四五日先払の約束手形を振出交付する(甲第一号証第二条)という約旨による取引方法を執らず、従来の取引残高を精算合計しその全額一、七八〇万円につき更めて七十余日先払の約束手形を提出交付するという如き事実あるときは、既に当事者間に於て従来の取引を終結決算し債権を特定したものと解して差支ない。

果して然らば原告と被告大垣石油間の石油類売買契約上の債務は必ずしも基本契約の解除を俟つまでもなく遅くも昭和三八年八月二七日当時に於て特定せられ、従つて本件根抵当債権は極度額の一五〇万円の範囲で確定し、根抵当権は普通抵当権に事実上転換して居つたものということが出来る。

しかして被告原商店がその後である昭和三八年九月二〇日為した本件根抵当の極度額と二ケ年分の利息を加算した弁済供託については、原告も利息損害金が二ケ年分を超える旨の主張はしないのであるから当時なお原告と被告大垣石油間の石油類取引の残高がたとえ極度額を超えて残存したりとするも第三取得者たる被告原商店との関係においては被担保債権は極度額の範囲に制限せられていたものということが出来るからこれを免れるが為めの代位弁済としての被告原商店の弁済供託は必要にして十分というべきである。

(ニ) (債権未確定中の代位弁済の効力について)

仮りに然らずとして当事者間の債権は右一、七八〇万円の債権を認めて約束手形を振出交付するのみにては確定せず、原告主張の如く、右手形が履行期において不履行となり、右不履行を原因として契約解除したとき初めて債権は確定したものとせばその確定前に為した被告原商店の代位弁済の効力は如何に解すべきかにつき考察するに、根抵当の性質上契約存続中は極度額の範囲の内外を問わず取引上の個々の債務の弁済は基本契約の存続には毫も影響なきこと、その性質上当然の事理に属するから仮りに第三者の弁済と雖も債務者に代つて債務の弁済を為す限り債権の代位の問題は別として基本契約(与信)に制限を加える如き効力を認めることは根抵当本来の性質に反し不可という外ない。

然し代位弁済は、単に債務者の弁済とは異り第三取得者等法定の弁済を為すにつき正当の利益を有する者が、当該不動産に附随する制限物権を排除せんとして為すものであることは民法第五〇〇条以下の諸規定もこれを前提として初めて解せられるところであるから、根抵当権の場合と雖も物上担保としての抵当権の範囲に属する以上、その性質に反せざる限り抵当権に関する民法の規定は適用を免れ得ざること条理上当然のことに属す。

然らば代位弁済が行われた後債務者によつて弁済せられることなく債務現存する以上債権としての性質には毫も変化なく同一性は失われないと認められるのであるから、単に基本契約の決算期の前後によつて優先弁済を受ける権利に差等を附するは弁済当事者の意思に反し又法律が代位弁済を認めた効果を著しく制限する失当あるものといわなければならぬ。

即ち終期到来前の代位弁済も根抵当の場合にはその性質上当然には担保権は移転することなきも、終期到来したとき未だ弁済されることなくして現存する場合には根抵当権の被担保債権としては極度額に達するまで優先弁済を受けうる。換言すれば代位弁済者は当然には担保権の移転を受くることなきも、終期到来のとき債権の現存することを条件として担保権行使の権利即ち優先弁済を受ける権利を取得するものと解するが事理に適したものと信ずる。

斯く解するも債権者には弁済によつて担保の責任を果し、それ以上の責任を負わしむるは極度額を定めた物上担保の性質にも反する失当ありといわねばならぬ。又与信契約の権利者たる受信者(債務者)に対しては、代位弁済による担保権の爾後行使の制限に基因する債権者の与信契約上の義務免脱による不利益の予想せられることはあるが代位弁済者に対する債務を弁済すれば条件不成就により当然担保権も回復し本来の姿に還元するが故に毫も不当なく又此の場合債務者の弁済遅滞は与信契約の継続に関しては代位弁済の有無(債権者の誰彼)を問わないところで、債務者当然の義務を前提とするものであり、また債務者は初めより極度額の範囲に於ける優先弁済を認めたものであり、登記された極度額を限度とする限り他の利害関係者に不測の損害を及ぼすことにもならぬ。

以上認定の如く、仮りに終期到来前の代位弁済と雖も本件の如く供託が存続し債務者によつて弁済せられたる事実の見る可きものなくしてその後原告により基本契約は解除せられ債権の確定した以上、第三取得者たる被告原商店の代位弁済は前記認定の如く被担保債権全部につき為されたものであるから、仮りに原告において被告大垣石油に対しては極度額以上の債権を有したりとするも債務者との関係は兎に角第三取得者たる被告原商店に対しては被担保債権額を超えて権利を主張することを得ざること当然で、従つて被担保債権を前提とする代物弁済予約等のすべての権利も右代位弁済により消滅したるものといわざるを得ない。

以上何れの点よりするも原告の代物弁済を前提とする本件請求はその他の点につき判断する迄もなく失当であるから棄却すべく、反訴原告の主張は結局理由あることに帰するからこれを認容することとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 米本清)

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